こんにちは、窪田忍です。
今回の記事は、熊本城マラソン2026の大会レポートです!
いろいろな葛藤を抱えて臨み、改めて湧いた感情があった今大会。
元実業団選手として走っていた私でも、当然うまくいかないこともあります。
熊本城マラソン2026。この42.195kmを経たからこそ得られた決意をお伝えします。
ぜひご覧ください。
◆熊本城マラソンの魅力
熊本城マラソンは、地元の人々の応援が大きな魅力で、終始温かい声援に励まされるという参加者の声が多いそうです。
地元ボランティアや市民が力いっぱい盛り上げてくれるので、ランナーにとっても励みになります。
実際に私は今回で2回目の出場でしたが、走っていてもほとんど応援が途切れず、常に温かい声援が飛び交っている印象です。
また、同日開催の30キロロードレースには、日本トップレベルの選手が出場することもあり、そういった選手を一目見ようと集まる方も少なくないように感じました。
◆気持ちの乗らないフルマラソン
今回の熊本城マラソン、私の活動拠点とする熊本でのマラソンということで、エントリーはしていました。
でも、正直に言います。
走りたくなかった、というのが本音です。
明確な理由があった訳ではありません。
走れないほどの怪我をしているわけでもない。
忙しすぎて走れないというわけでもない。
ただ、自分の中で”走る理由”が見つかっていませんでした。
現役時代は、勝ちにこだわる理由がありました。
記録を狙う理由がありました。
背負うものもありました。
しかし、今はそうじゃない。
「走らなくてもいい立場」
そのことが、思っている以上に自分を鈍らせていました。
◆当選と危機感
10月、抽選結果の発表。
結果は、当選。
嬉しさよりも先に来たのは、焦りでした。
「このままじゃ、完走も危うい」という危機感から、練習を再開しましたが、気持ちは追いつきません。
上の空で、どこか他人事のような練習。
距離を伸ばすと痛みが出て、1〜2週間の中断…そんなことを繰り返し、本番1週間前までほとんど走れていませんでした。
元実業団選手でありながら、練習すらろくに出来ていない。
情けなくて、逃げたい気持ちが大きくなっていました。
「こんな状態でマラソンを走れるのか?」
「走ったところで完走できるだろうか?」
日々そんな葛藤がありました。
そのような状況でも、私のことを応援してくれる人たちや、記録を狙うわけではないから楽しんで走ってこいと言ってくれる人たちがいました。
そこで気持ちを切り替えて、とにかく最後まで笑顔で応援に応えて走り切ることを目標に当日を迎えました。
◆熊本城マラソン2026、スタートライン
マラソン当日、スタート時の天候は曇り。マラソンを走るには絶好のコンディションです。
緊張はありませんでした。緊張感を持つだけの”覚悟”がなかったというのが正しいかもしれません。
ただ、42.195kmを走るという不安だけはありました。
そして午前9:00、スタートの号砲がなりました。
入りのペースは3’45”/km と、想定していたより30”も速く入ってしまいました。
決して速く入ったつもりはなく、感覚的にも抑えて入ったつもりでしたが、動きを身体が覚えてしまっているといった感覚でした。
明らかなオーバーペースでしたが、その後も抑えているつもりなのに3’50”/km 前後と、ある意味身体が言うことを聞かない状態でした。
そこで、どうせならこのペースで走れるだけ走ってみよう、折角だからそれも楽しもう、と、その状況を楽しむスイッチが入った気がします。

沿道の方々のことも見ながら走っていると、決して前方で走っている訳ではないにも関わらず、「窪田!がんばれ!」と、名前を呼んで応援してくれる方が少なくありませんでした。
知り合いの方でもないのに私を見つけて応援してくれることが、本当に嬉しく思いました。
こうして、オーバーペースながら大きなアクシデントもなく、20km程度まで走れました。
◆長く、辛く、そして苦しい後半20km
ある意味順調にきたレースでしたが、20km付近でついに脚に異変が。
右脚を攣り始めてしまいました。
練習不足ということもありますが、天候も影響していました。
スタート時間は気温も低く曇り空でしたが、徐々に晴れ間がさしてきました。
それにより気温はかなり上がり始め、湿度も高く厳しいコンディションに。
とはいえ約半分まできていたため、4’30”/km 程度まで一度ペースを落として、とにかく完走を目指しました。
しかし、一度ペースを落とし始めると一気にそれまで蓄積されたダメージが噴出してきました。
立て続けに両ハムストリングや前腿も攣り始め、ペースダウンが止まりません。
25km~30kmは5’00”/kmを超え、30km以降は何度も歩きました。
あまりのキツさに、何度も頭をよぎる”棄権”という言葉。
そのような状況でも私の名前を呼んで応援してくれる沿道の方や、抜いていく方ですら「窪田、最後までがんばれ!」と声をかけてくれました。

そんな方々のおかげで、本当に苦しい状況でも、歩いてでもとにかくゴールまでは行こうと自身を奮い立たせました。
また、どんなに苦しくても、応援してくれた方々には最後まで応えながら走り(歩き)ました。
◆ゴール、そして…
人生で走った中で一番長い”ラスト10km”を経験し、最後は歩くようなスピードでなんとかゴール。
結果は、3時間18分42秒。
最低限の目標、笑顔でのゴールはできました。
しかし、その時の感情は、
“悔しい”
でした。
情けないでも、辛いでもなく、”悔しい”。
現役時代のように、誰かとの勝負に敗れたとか記録が出なかったという悔しさではありません。
「走れなくてもいい」と思っていた自分。
「できない理由」を探していた自分。
いわば、”自分の弱さ”に対する悔しさでした。
マラソンに対し、まだ自分にこんな感情が残っていたことに驚きました。
引退してから、どこかモチベーションがなかったのは、この感情を持てなかったからなんだと。
気づいたのではなく、”思い出した”という感情でした。
本当に辛く苦しいマラソンでしたが、この42.195kmが、眠っていた私の感情を引きずり出してくれました。
◆仲間たちが教えてくれたこと
一方で、嬉しいことが苦しさ以上にありました。
1つは、ランニングクラブのジュニアクラスの子どもたちが応援に来てくれていたこと。
お世辞にもかっこいい姿を見せることはできませんでした。
それでも、“速く走る”だけが強さではない。崩れても、止まっても、最後までやり抜くこと。そして、笑顔で終わること。
それもひとつの”強さ”だということが伝えられたと思います。
そしてもう1つ心を動かされた事が。
それは、ランニングクラブのシニアクラスの皆さんの走りです。
サブ3を達成した方、昨年より1時間近くベスト更新し3時間40分を切った方、脚を痙攣しながらも自己ベストを更新した方、入会からわずか3ヶ月で10分ベストを更新した方。
私は後半歩いていましたが、同じ時間・同じ場所で、仲間たちは自分と同じように戦っていた。そして、結果に繋げてくれた。
それらは自分の結果以上に、胸が熱くなるものでした。
ランナーとしてはうまくいかなかった一日でしたが、コーチとして誇りを感じた瞬間でもありました。

こうして、私にとっての熊本城マラソン2026が幕を閉じました。
◆最後に…
今回のマラソンは、これまでの人生で一番と言っても過言ではないほど、辛く、苦しいマラソンではありましたが、非常に大きな収穫を得たマラソンでした。
それは、忘れていた”走る”ということの楽しさ、そしてモチベーションです。
なので、ここに2つの目標を宣言します。
①来年の熊本城マラソンでのリベンジ。
熊本城マラソンに対する思い出を、良い思い出に塗り替えたいと思います。
抽選という壁はありますが、ゲストランナーとして声をかけてもらえるくらいの実力をつけて準備をしたいと思います!
②福岡国際マラソンへの挑戦。
現役トップランナーも出場する、高レベルのマラソンをもう一度目指したいと思いました。
そのためには、参加資格記録の2時間27分を最低でも突破しなければなりません。
私にとって、”ランナー”としての新たな挑戦がまた始まりました!
今後の活動は、SNSでもどんどん発信していきたいと思っていますので、ぜひ私の挑戦を応援してください。
そして、私のように、何かに挑戦したいと思う方!
ぜひ、一緒にがんばりましょう!
一人よりも二人、三人と、仲間がたくさんいれば、どんな壁でも乗り越えられると思います。
窪田忍の新章、ご期待ください!








